それは「法人としてのJRに責任があるのは明白だったが、
刑法では個人の責任しか問えない」ということが長引いている原因のようです。
過失責任の立証について「非常に難易度の高い捜査だったが、少しずつ道筋が見え、
踏み固めていくうちにその道が太くなった」と地検は捜査を振り返っています。
そして、刑事責任を問われたのはJR西日本の社長1人です。
神戸地検の次席検事が記者会見を開き捜査結果を説明し、遺族らに理解を求めました。
社長は、急カーブに付け替えてから約8年半、現場には60万本を超す電車が走ったが、
脱線事故は一度もなく、当時はあのカーブが危険とは思えなかったと繰り返しています。
状況変化を認識していなかったような発言です。
現社長は、付け替え当時の常務取締役鉄道本部長で、
「同社の安全対策を統括する最高責任者としての義務を果たさなかった過失がある」
と判断されたのです
起訴状によります、社長が鉄道本部長だった1996年12月、
現場カーブを半径600mから、同304mの急カーブに付け替える工事を実施した際、
十分な安全対策を講じなければ大事故が起きることを予測できたのに、
ATS設置を指示せずに、2005年4月25日に脱線事故を発生させたのです。
急カーブへのATS整備は、鉄道業界で共通認識として定着していました。
カーブの付け替えで時速120kから70kに急減速しなければならなくなったのです。
しかし、ダイヤ改定で快速電車の本数も1日34本から94本に増えていました。
転覆の危険性が高まったことを社長は十分認識できたはずです。
地検が全国1千カ所以上のカーブを調査したところ、
減速せずに進入すると転覆する恐れがあるカーブは、
沿線人口や通過本数からみて、宝塚線が突出して多かったそうです。
カーブ付け替え時から電車がレール上を走り始めた1997年3月(東西線開業)までの、
約3カ月間、社長は人為的ミスも想定した対策を講じるべきだったのに、
他の路線よりも優先してATSを設置しなかった注意義務違反があったと判断されました。
転覆の危険性が高まった極めて危険な急カーブの場所になったにも拘らず、
ダイヤ改正で電車の本数を従来の3倍にされた過密ダイヤで、
運転手は、1秒の遅れも許されない秒刻みの過酷な運転を強いられていたのです。
このような状況下での事故発生は、当然予見可能であったはずです。
従って、地検の見解は当然と見るべきでしょう。
裁判では、厳正かつ適正な判断を下してもらいたいものです。

